About
社会福祉法人
日本児童育成園に
ついて
わたしの兄弟である
この最も小さい者の一人にしたことは
わたしにしてくれたことなのである。
———マタイによる福音書25章40節
すべての子どもは、神から託された子どもとして一人ひとりを尊び、愛し、成長を共にする。愛される体験により、自分を大事にし、仲間を思いやれる心を育てる。指示を待たずに、自分で考えて行動できる様に“自主性“を育てる。地域の子育て家庭支援のセンターとしての役割を果たす。
Message
メッセージ
愛されるために 集められる
子どもたち
諸事情により、突然の親子分離で大きなショックの中にある子どもたちを、心から愛を持って受け入れ、落ち着いたあなただけの居場所を用意する。
目の前であなたのために温かい食事を準備してくれる大人がいる。
そんな当たり前の家庭的生活環境を完成させていく。
弱さを見せて良いんだよ
甘えて良いんだよ
子どもたちは施設に来たのではない。新しい家族・信頼できる大人・温かい家庭を求め 探しているのです。私たちは、そんな子どもたちと一緒に汗をかき、笑いながら作り上げる共同体験を通して、信頼関係を再構築していくのです。
失った大人への信頼を、取り戻して欲しいのです。
いっぱい愛されたことにより、仲間をも愛することができると信じているからです。
理事長
Outline
法人概要
岐阜県岐阜市長良森町1丁目11番地
TEL: 058-231-1387 / FAX: 058-294-3346
E-mail:ikuseien@isis.ocn.ne.jp
ね」 / ショートステイ・トワイライトステイ 里親支援センターはこぶね にんしんSOSバトンぎふ 長良児童センター
History
こ れ ま で の 歩 み児 童 育 成 園 の
児童育成園のこれまでの歩み
明治28年5月
五十嵐喜廣が岐阜県飛騨市古川町に「飛騨育児院」を創設。
明治29年5月
岐阜市八ッ寺町に施設を移し、「濃飛育児院」と改称。
明治30年6月
豊橋市花田に分院(東海育児院)を設立(明治33年豊橋育児院に改 称)。
明治31年11月
東京支部を設置。
明治32年7月
岐阜市加納村字玉姓に移転。
明治39年11月
伊藤博文公より「日本育児院」と命名され改名。
明治40年6月
京都支部(羽波児童院)・明治42年大垣支部・明治44年北海道支 部(北星園)・明治44年山梨支部・大正2年朝鮮支部(光州農園)・大正12年米国カリフォルニア(聖愛社)・大正15年樺太分院 を設立
昭和4年5月
山形支部(七窪分院)を設立(七窪思恩園に改称)。
昭和7年3月
児童保護施設として認可。
昭和9年5月
本院に児童相談所を開設。
昭和12年5月
本院に乳児院(託児所)と母子寮を併設。
昭和17年2月
本院に乳児院(託児所)岐阜市長良天神(現在地)に移転。「日本児童育成園」と改称。
昭和22年3月
生活保護施設として認可。(岐阜県指令22厚第249号)
昭和27年5月
社会福祉法人として認可。(厚生省岐第70号)
昭和55年4月
児童館「はこぶね」が認可。平成元年4月閉館。
平成4年4月
通所部(家庭養育支援・相談窓口)を開設。
平成7年5月
創立100周年記念式典を開催。
平成8年4月
地域交流ホームを開設。
平成10年10月
子ども家庭支援センターぎふ「はこぶね」を開設。
平成12年4月
乳幼児ホームまりあ(乳児院)を開設。
平成14年
「上土居ホーム(ほさな)」地域小規模児童養護施設を開設。
平成17年
「三輪ホーム」地域小規模児童養護施設を開設。
平成18年
「長良ホーム」分園型小規模グループケアを開設。
平成18年4月
長良児童センター指定管理で運営開始。
平成22年1月
自立援助ホーム「しおん」を開設。
平成25年7月
「ハレルヤ」(まりあの分園)を開設。
平成26年4月
「日野ホーム」地域小規模児童養護施設を開設。
平成30年2月
本園、グループホーム6棟・はこぶね館完成。
令和5年4月
母子生活支援施設「サン・フラワー華陽」の運営を開始。
令和7年4月
里親支援センターはこぶね を開設。
令和7年10月
にんしんSOS「バトンぎふ」を開設。
Access
アクセス
バスでお越しの方
岐阜バス JR岐阜駅 12番のりば(松籟団地行きは13番)より/名鉄岐阜駅4番のりば より
高富方面行き 長良天神バス停下車 徒歩5分
松籟団地行き 長良幸和町バス停下車 徒歩5分
お車でお越しの方
岐阜ICから5km
※岐阜県道77号 岐阜環状線 岐阜北警察署より約5分